しゅふなせいかつ ごはんときどき読書

都会を離れ、山の麓の町に暮らして四十年。食べること、読んだ本 のこと。

「倍賞千恵子の現場」倍賞千恵子著 PHP新書 を読んで

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表紙には、「男はつらいよ」のさくら役でお馴染み、エプロン姿の倍賞千恵子

そう、これは寅さんシリーズを愛する人たちの本です。

 

撮影の裏側、渥美清という俳優の素顔、エピソードなど、これまでTVの特集番組などでも語られた内容も多いのですが、淡々と、役柄そのままの普通の語り口で倍賞千恵子は話してくれます。

 

有名な「寅さんのアリア」、台本と実際に渥美清が言ったセリフとが 比較されていて、台本そのものも寅さんらしいのですが、さらに膨らませ、血肉通わせた渥美清のセリフは、圧巻で、胸に迫ります。

 

撮影裏話で興味深かったのは、美術部の活躍。

寅さんの映画では、よく田舎の小道が出てきて、その道路端に可憐で素朴な花が 咲いているのを映し出されることがあります。どこにでもある田舎道の風景だな、と見ていたのが、実は美術の人がトラックで運んで来て植えた花だそうです。

ありふれた風景を表現するための、演出とはこういうものなんですね。

 

これはお芝居にも言えることで、後半は倍賞千恵子の演技論になります。

普通の人を演じる難しさ。でも、難しい理論ではなく、演じる時の素直な自分の気持ちを語っています。

 さくらという女性

以前、ある寅さん特集のTV番組でさくらという女性について 、面白い意見を聞いたことがあります。

忍耐強く、やさしく、真面目で、包容力のある母親であり、妻であるさくら。

 女子アナ「さくらって、男の人にとって、理想の女性ですよね」

ゲスト(男性)「いや、それがそうじゃないんですよ」

どうやら、面白味がない、ということらしい。そう言えば、団子屋さんの家族団欒の中にいるさくらを一人の女性として眺めれば、堅物すぎてつまらないという見方もあります。

 

しかし、山田洋次監督は、この誠実で、堅実で、ひたむきな庶民のお手本のような

さくら夫婦に 人の生き方の核となるものを託したのかなと思います。

 

同じ名前?

 

映画でもテレビドラマでも、倍賞千恵子はなぜか同じ役名が多いそうです。

若いころは「あいこ」

『家族』『故郷』『遥かなる山の呼び声』では民子

『霧の畑』『あにき』『駅』では桐子

 

 

どの映画に出て、どの役をやっても、どこかさくらと重なる部分があります。

仮に悪女をやっても、根本にさくらがあるからきっと大丈夫、という安心感があるような気がします。

「民子」も「桐子」も、内なる「さくら」を秘めながら、倍賞千恵子という大きなさくらに吸収される。

 

地に足を着けてひたむきに生きる女性を、監督は同じ名前にすることによって、イメージを固め、でもそうして倍賞千恵子の世界に帰っていくということでしょうか。

 

いつまでもさくらのイメージの倍賞千恵子は、すでに70歳を過ぎていることに驚きます。

過ぎてきた人生を俯瞰して、淡々と語るのを読み終えた感想は、倍賞千恵子という女優さんは、奇をてらわず、安心感を与えてくれる稀有な存在だということ。

山田洋次監督が「無個性の個性」と評した倍賞千恵子は、やはりさくらそのもののようです。